① 特許制度の目的 (2の詳細①)

 特許法第1条には「この法律は、発明の保護及び利用を図ることにより、発明を奨励し、もって産業の発達に寄与することを目的とする」と規定しています。
 特許制度の仕組みについて簡単に説明をしますと、新しい技術を公開した者に対し、その代償として一定の期間(原則、出願から20年)、一定の条件(請求の範囲)の下に特許権という独占的な権利を付与し、他方、第三者に対してはこの公開された発明を利用する機会を与え、権利を付与された者と、その権利の制約を受ける第三者との間に調和を求めつつ技術の進歩を図り、産業の発達に寄与していくシステムです。
ip_02_sub1_fig1.png  ここでいう第三者の利用とは、特許権の存続期間中は、権利者の許諾(ライセンシング)を得ることにより、また特許権が消失した後は、全く自由に利用できるということです。
 これは研究開発に多大な時間、労力、お金を投資して漸く新しい製品を世の中に出しても、時間も労力もお金もかけなかった第三者が、簡単に真似をすることができれば、新しい製品を生み出す研究開発投資をするインセンティブが働かなくなり、結果としては産業の発達を阻害するからです。
 少し長くなりますが、吉藤幸朔・著「特許法概説(第13版)」(有斐閣)によると欧米における特許制度を日本に初めて紹介したのは福沢諭吉であり、それを受けて明治4年に日本で最初の特許法である「専売略規則」が公布されました。しかしながら特許の審査をするのに外国人及び通訳を雇わなければならないので、莫大な経費がかかるわりには、人力車程度の発明しかないということで専売略規則の施行を中止することになりました。しかしながら専売略規則の廃止後、優れた発明家であって悲運な境遇に陥った実例(1)が生じたので、特許制度の必要性を論ずる声が次第に高くなり、一方、日本の国際的地位を高める必要も生じたことから、高橋是清が調査・立案した専売特許条例が明治18年4月18日に公布されました。公布された4月18日は、発明の日として各種行事が行われています。高橋是清は初代の特許局長となりました。

(1)特許条令公布のきっかけとなった実例は、特許制度の目的を理解しやすいと考えられますので以下にご説明します。
ip_02_sub1_fig2.jpg実例:明治8年ごろ、純日本式の紡績機(ガラ紡)を発明した臥雲辰致は、明治10年の第1回内国勧業博覧会に出品し、第1の優秀発明と激賞されたのですが、国内同業者に模倣され、臥雲の発明により同業者は大きな利益を得たそうです。一方、臥雲はその後も次々に改良発明を行い、博覧会では受賞の栄を得たわけですが、いずれも同業者により模倣されるだけで、発明の苦心は全然報われなかったそうです。発明に要した多くの費用のために借財がかさみ、毎日の食糧費にも窮し、それを見た博覧会事務局も、欧米発明家に匹敵すべき得難い人物がまさに餓死に直面している実情を訴え「天道是か非か、余ここに至って筆を投じて慨然たり」と異例の報告書を公表したそうです。
 この例は特許制度が無ければ、発明家はどうなるかということを理解しやすい極端な例として、特許庁編纂の「工業所有権制度百年史」にも記載されています。

〔文責:知財戦略コーディネーター 前田裕司〕


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